2つ目の単発バイトは農作業。場所は千葉市の郊外、車でしか行けない場所にある畑。早く着きすぎたのか、ビニールハウスが並ぶ一角に、人の姿がまったくない。コンビニもなければ、自販機すら見当たらない。なんだか、時間も場所も、置き去りにされたような静けさだった。
ようやく見つけた1棟のハウス。中にいたのは、30歳くらいの女性ひとり。
「今日のバイトの方ですか?」と声をかけられる。どうやら今日はこの人とふたりだけで、作業をするらしい。
女性が担当するのは、収穫されたほうれん草や小松菜を袋に詰めて、小さなベルトコンベアーに流す仕事。私の役割は、その袋詰めされた野菜を一つひとつ検品し、30個ごとにコンテナに分け、冷蔵室に運ぶこと。特別な技術もいらない。誰でもできる作業──そう思っていたけれど、すぐに気づいた。この“検品、実は簡単じゃない。
単純作業に見えてそうじゃなかった
ほうれん草は工業製品じゃない。曲がっていたり、色が薄かったり、袋からはみ出ていたり。不良品かどうかの判断に、マニュアルはない。
「これ、スーパーで売ってたら手に取るかな?」
「この茎、ちょっと短いけどどうだろう?」
野菜と向き合いながら、自分の中の“消費者感覚”と対話する。言葉じゃないけど、作物と会話しているような、不思議な感覚だった。
ASD(自閉スペクトラム症)の人が「農業は向いている」と言われることがある。でもそれは、本当にそうだろうか。たしかに作業を細かく区切れば、集中して取り組める。でも実際の現場では、天候や野菜の状態によって臨機応変な判断が求められるし、作物の“ちょうどいい頃合い”を見極めるような、言語化できないスキルも問われる。
今日、私が担当した作業は──
マニュアルもなく、誰かに「これでOK」と言ってもらえるわけでもない。
だからこそ、自分の中の“感覚”を研ぎ澄ませるしかなかった。その時間は、静かで、集中できて、どこか、心が落ち着いた。
自分の仕事が誰かに届く
外は真夏でも、ビニールハウスの中は少し涼しかった。とはいえ、寒暖差はそれなりにあるし、アクセスも良くない。人とのやりとりも少ないけれど、必要なことは聞けばちゃんと教えてくれる。
3時間の作業で、もらえたのは3,285円。高くはないけれど、“市場に出る野菜”を扱っているという実感が、胸に残った。福祉的な農業現場では、成果物が市場に出ないことも多い。でも、今日の野菜は誰かの手に届く。食卓に並ぶ。それが、なんだか嬉しかった。
農業は、「作る」というより、「育てる」とか「向き合う」仕事かもしれない。そしてその向き合い方に、自分らしさがにじみ出るのだと思う。
今日、私は誰ともたくさん話していない。でも、ほうれん草と小松菜と──たしかに“会話”した気がする。
今回の作業で求められる能力(最大5点)
マルチタスク ★★☆☆☆ 作業は単一だが、生ものゆえの小変化あり
フレキシブル ★★★★☆ 天候・作物の状態により判断が常に必要
感覚過敏 ★★☆☆☆ ビニールハウスなので寒暖差なし、埃あり
コミュニケーション★★★★☆見た目・触感から判断する力が求められる。作物とのコミュニケーション
体力・精神力 ★★★☆☆ 中腰作業・運搬など身体的負荷あり
